『TRIVIAL MARKET』(日刊遊技情報2016年5月19日号)

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▼インドネシアのバリ島を訪れた心理学者の河合隼雄氏が、ある村に祭日行くと凄い人だかりがある。闘鶏をやっている。鶏を向い合せると周りを囲む人々がいっせいに札を握りしめた手を振って賭ける。戦いが始まると気合いのこもった声援が叫ばれる。熱気。そして終わるや否やあちこちで札が飛び交う。男性しかいないがみな楽しんでいる(『河合隼雄の幸福論』)▼訊くと、ふだん賭け事はやらないが、祭りの日だけ寺院の中で行われるという。これはいい考えだと河合氏は思う。賭け事好きは人間性の一面であり、日本ではそれで身を持ち崩す人もいる。「それは日本では俗事としての賭け事があり過ぎるからだ。賭け事というのはもともと神事だったのではないか。(中略)神の意思のまにまに人間は楽しむが、それは祭日に限られ、神聖な場所内に限られるのだ。したがって、それによって身を持ち崩すことなど考えられないのだ」▼賭け事は神事、つまり非日常であり、異空間の「ハレ」の場であると考える。その方向を積極的に推し進めてエンターテイメント化したのがたとえばカジノ。パチンコは長くその逆の大衆化をすすめたが、近年はカジノ系を目指す店が増え、いまはまた大衆化を模索している。俗事か神事か(桜)

河合隼雄の幸福論

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