『TRIVIAL MARKET』(日刊遊技情報2017年6月10日号)

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▼刃物がある。これを人を傷つけるために使えば「武器」になり、人を助けるために使えば「メス」になる。刃物そのものには良いも悪いもない。「物事の使い方は人の心しだい」(『退歩を学べ』森正弘著)▼善でもなく悪でもない刃物そのものを禅語で「無記」と言う。○や×の評価を記さないという意味。善悪の価値判断とは別の次元にある。ところが、無記である刃物を悪用すると、刃物そのものが悪であるかのように思われる。さらに、刃物がよく切れるほど、つまり刃物が持てる機能を発揮すればするほど、悪用されたときの被害は大きい▼反対に、善に転用されるなら、よく切れる料理包丁になり、手術で有用なメスになる。「無記を善として活かすための要点は制御にあるのである」。善と悪、そして無記。善悪はあくまで心が作り出すもので、対象そのものに備わった属性ではない▼パチンコも、善用すれば娯楽であり、ストレス解消であり、遊びである。悪用すればしかし、過激なギャンブルになり、お客を依存症にし、店を鉄火場にする。遊技機そのものは無記、楽しんでもらえるものをメーカーは一生懸命作っているに過ぎない。良いも悪いも心が作り出す。機械規則をいくら変えても心を変えないと何も変わらない(桜)

退歩を学べ――ロボット博士の仏教的省察 (アーユスの森新書(004))

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