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編集部員〝けにさく〟が行く『旅パチ!』 先人たちからあやかる「なせばなる」の精神! ~群馬県高崎市〈前編〉

群馬県は秘境の地?

「熱しやすく冷めやすい」性格なのでせっかくはじめた趣味や筋トレもなかなか長くつづけられません。ウン万円もかけてそろえた釣りの道具や登山用品などもいまやすべてタンスの肥やし。でも、中古品サイトで安く売ってしまう気にもなれず、「いつかはやるぞ!」と思いつづけてもう何年になることやら……。

そうだ。まずは性格からかえていかなければならんのだ。かの有名な達磨大師は9年間も洞窟にこもり、壁にむかって座禅を組んでいたというではないか。ならば達磨大師にあやかろう。達磨といえは「縁起だるま」、「縁起だるま」といえば、選挙の当選祈願……でなく群馬県の高崎だ!

「縁起だるま」といえば高崎だ!

さらにネットであれこれ調べてみると、高崎市には50年もの歳月をかけて掘られた人工の洞窟もあるそうな。その名も「洞窟観音」。何かものすごいご利益が期待できるはず。パチンコ店だって市内に20軒。大手企業のパチンコ店はもとより、「D’station」の運営企業で知られる「NEXUS」が本社をかまえる土地でもあった。

「編集長! 今回の行先は高崎市に決めました!」
「おうそうか。じゃ、旅のテーマはなんだ?」
「熱しやすく冷めやすい……ではなく、継続は力なり、です」
「????」

編集長の同意を十分にえられたのかどうかはともかく、さっそく出発。

高崎市までは東京駅から上越新幹線で小1時間といったところです。群馬県の県庁所在地は前橋市なのになぜか新幹線の停車駅がありません。地図で路線をたどってみてもどこか不自然なかたちです。新幹線の停車駅は高崎駅のほか上毛高原駅のひとつのみ。

もしかして、高崎市は明治時代に県庁所在地の座を前橋市に奪われたことに積年の恨みでもあるのかも。群馬県に上越新幹線を通す計画がもちあがったとき、こんどこそはと高崎市が奮起したに違いない。なぜなら、高崎市は総理大臣を3人も輩出しています。前橋市の出身者で全国的な著名人と言えば、コピーライターの糸井重里さんぐらいでしょうか。いくら一世を風靡した糸井さんでもさすがに政治力ではかないません。

それはそうと、「翔んで埼玉」という映画をご覧になったことはありますか? 埼玉県をパロッた(ディスった?)映画です。この映画のなかで群馬県は埼玉県よりもあつかいがひどく、「秘境の地」として描かれています。行っても平気なのか、群馬県! 無事に帰宅させてくれるのか、群馬県!

時速30㎞のプチツーリング

そんなわけでおそるおそる到着した高崎市。今回は旅の相棒としてヤマハの「JOG」(50CCのスクーター)を借りました。まずは高崎駅の西側に位置する「洞窟観音」をめざします。

今回の相棒「ヤマハJOG」君です

駅からの距離はおよそ3㎞。一級河川の烏川にかかる橋をわたりはじめるあたりから、視線の先に小高い山の連なりがみえてきます。経路である「観音通り」の交通量はそれほどではないけれど、原付バイクの速度制限は時速30㎞。片側2車線道路なのに軽自動車までもがバイクの右側ギリギリを追い抜いていく。「クソっ!」と悪態のひとつもつきつつ、やがて住宅がならぶくねくねとした坂道へ。非力なJOG君も必死です。

実はふだん、「情報島」編集部員の〝けにさく〟(わたしのことです)は、400CCのバイクにのっています。古い設計の単気筒エンジンなのであまりパワーはありませんが、それでもよほど急な坂道でなければグイグイ登っていきます。

ただ、慣れない土地でのこと。ナビゲーションシステムを搭載していないバイクの場合、目的地までのルートを調べるためにいちいちバイクを停め、グローブを外し、スマホで道順を確認しなければなりません。間違えていればもちろんUターン。小まわりが効く原付スクーターは便利です。今回もなんどか迷い、そのたびに道をたしかめてようやく「観音山丘陵金沢山」の斜面地にある「洞窟観音」までたどりつくことができました。

こころ休まる日本庭園

園内には「洞窟観音」のほか、回遊式日本庭園の「徳明園」や記念館などが併設されています。入園料はしめて800円(冬場はややディスカウントされています。詳しくは公式ホームページhttps://yamatokuen.com/にてご確認ください)。子どもは半額です。

緑あふれる回遊式日本庭園(セミの声が聞こえますか?)

駐車場にJOG君を停め、まずは庭園の散策から。この日の気温は27度と夏にしては低めでしたが、とにかく蒸し暑い。わんさと聞こえてくるセミの声が暑苦しさを倍加させていきます。

とはいえ、よく手入れがゆき届いた庭園は、みていてこころが休まります。広さは約6000坪におよぶそうです。「洞窟観音」を完成させた新潟県出身の呉服商・山田徳蔵さん(のちに高崎市へ移住)によって作庭されました。

洞窟を掘削する際に生じた土砂で起伏のある景観をつくりだし、群馬の銘石である「三波石」の巨石や浅間山から貨車で運ばれた大量の溶岩も庭園の景観に変化を与えています。季節が秋であれば、もみじなどの紅葉も楽しめたはず。来るのがちょっと早すぎました。

事務所にいた管理人さんによれば、「若い人には洞窟よりも庭園のほうが人気が高いんです」とのこと。地元ではちょっとしたデートスポットになっているのかもしれません。

いつかはこんなとこで暮らしたい

しかし! 年齢がどうあろうと今回の目的はあくまで50年かけて掘られた「洞窟観音」。枯山水など眺めながらいつまでもぼんやりすごしているわけにはいきません。このくらいの庭ならば、うちにもある!(嘘です)

完成までなんと半世紀!

全長400mの「洞窟観音」入口です

この洞窟を掘る作業が開始されたのは大正8年(1919年)なのだそうです。「多くのひとたちに訪れてもらえる楽土をつくる!」との思いで工事を企画した山田徳蔵さんは、出身地の新潟から「縮布」(ちじみふ=和服の素材)を背負って東京などで売り歩き、その後、高崎市に定住して呉服商をはじめ、財をなされた方でした。徳蔵さんが私財を投げうって完成させた洞窟の工事期間はなんと50年! 重機などない時代ですからもちろん多くの工夫さんたちによる手掘りです。

山田徳蔵さん

洞窟の内部には、聖観音、如意輪観音、千手観音、十一面観音などが祀られ、神秘的な空間になっています。当日の外気温は27℃でかなり蒸し暑かったものの、内部は1年を通じて17℃ほどに保たれていると言います。ひんやりとした空気と暗さがあいまってちょっと怖い感じすらおぼえます。

洞窟内はご覧のように真っ暗

こうした観音像がいくつも祀られています

ま、観音さまへの信仰心こそ怪しいけれど、なんとなくありがたい。すごいですね、徳蔵さん! 「なせばなる」とはまさにこのことです。達磨大師もこんな雰囲気のところで座禅を組んでいたのかなあ。さっそく「縁起だるま」発祥の地、「少林山達磨寺」へむかおうか……と今回はここまで(もったいぶってスミマセン)。「高崎市」〈後編〉もお楽しみに。

↓↓↓↓↓↓↓「高崎市」<前編>動画もご覧ください↓↓↓↓↓↓↓


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