パチンコホールの若い経営者と話をしていた際に、スマスロにおけるユニット不足の話になった。「そういえばCR機の時も同じようなことがあって大変でしたよね」と言うと、きょとんとした顔をしている。そうか、彼はその時まだ業界にいなかったのだと気づく。
改めて調べるとCR1号機は1992年。つまりちょうど30年前のこと。西陣の「CR花満開」が翌年の93年だから、ユニット不足で業界中が取り合いになったことを知る人ももはや相当少なくなってしまった。
「台の良し悪しにかかわらず、そもそもユニットがなければ台が動かないので買っておくしかない」とあるチェーン店の営業責任者。業界がユニット不足で大騒ぎとなる少し前には、すでに発注を済ませていたという。結果的に台が悪ければ倉庫にしまっておくだけだ。とにかく「良い台なのにユニットがなくて稼働できない」というのが最悪だからと。
ちなみにCR機の時には「ダブルサンド」という奇策まで登場したが、スマート遊技機はユニットなど統合システムと一体化しなければ稼働しない。そんな中でサンドメーカーも注文が殺到する経験など初めての人がほとんどである。
CR機の登場から30年。なるほどそうか。時代は次の30年に向けて動き出しているのだ。CR機も最初はパッとせず否定的な見方が大半だったが、数年のうちに大きく様変わりした。さて今回は。
1992年スロットでは4号機1台目のリールの左から光が流れる演出に驚いたチェリーバー、まだまだ2号機3号機が元気で、コンチ1.3、スーバニ、リノ、スープラ、ワイルドキャッツ個人的に好きだったセブンボンバー、その他裏モノ全盛かなりの集客がありましたからお金がなくてCRユニットが買えないお店ほぼなかったのでは?
パチンコも現金機にも元気がありました。
今の現状は資金力不足で買いたくても買えないお店がかなりあるのでは?
正しく歴史を伝えて下さい!
CRの連荘認めたら内規悪用して裏モノみたいな新台がリリースされまくって、どの店も鉄火場状態になり、かと言ってCR機導入するならと認めたモンを覆すワケにもいかなかった警察は連チャン5回までとか訳の分からない規制を始める。
その指揮を採っていたのが1個前の保安課長小堀
がっつり大鉈振るうつもりだったタイミングでコロナ発生、高射幸機の撤去がグダグダになってしまう。
なんか爪痕残そうと一般入賞口に一発も入らねぇじゃねーかと吠えたら
メーカーがくぎ曲げて出荷したんじゃと全日遊連がすっとぼけアナウンス
それに対して何も言えなかった小堀が無能晒したってカタチでこの秋退任
20年つこうて復讐した全日遊連に軍配が挙がる
だから今、くぎ曲げ放題になっている
新保安課長がどう動くか注視していきたい。